三沢光晴
1981年に全日本プロレスにてデビュー。同団体のトップレスラーとして不動の人気を誇り、2000年に旗揚げした「プロレスリング・ノア」では選手兼代表を務めた伝説のプロレスラー三沢光晴氏。
1984年にはメキシコ遠征中にジャイアント馬場氏の指名を受けて2代目タイガーマスクとしてデビューする為に帰国し、翌年にはNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王者を獲得。
1990年からはリングネームを三沢光晴に戻し、超世代軍のメンバーとして活躍を続け、1992年8月に三冠ヘビー級王者を獲得。
名実ともに全日本プロレスのエースとして君臨し、川田利明氏・田上明氏・小橋健太氏と共にプロレス四天王と呼ばれました。
「プロレスリング・ノア」旗揚げ後も、入場曲「スパルタンX」が流れ、大きな三沢コールが巻き起こる中で入場し、投げ技・飛び技・関節技を自由自在に使いこなすファイトスタイルからの代名詞的フィニッシュホールド「エメラルド・フロウジョン」を決めてみせてくれた三沢光晴氏の勇姿は、今でも多くのプロレスファンの記憶に残っています。