伝説のサッカー選手
1970年に古河電工に入団。左サイドのスペシャリストとして主力となり、1976年には日本サッカーリーグ(JSL)1部初優勝と天皇杯全日本選手権優勝の二冠に貢献した奥寺康彦氏。
1977年に日本人初のプロ選手として西ドイツの1.FCケルンへ移籍。その後、ヘルタ・ベルリン、ヴェルダー・ブレーメンで活躍し、「東洋のコンピューター」として名を馳せ、9年間の欧州生活を経て1986年に帰国しました。
帰国後は古河電工とプロ契約を結び、日本国内最初のプロサッカー選手となり、アジアクラブ選手権の優勝などに貢献し、1988年に現役を引退するまで古河電工でプレーしました。